茂手木 潔子 MOTEGI Kiyoko
上越教育大学 Joetsu University of Education


おもちゃが奏でる日本の音-平成玩具考-

へるす出版『小児看護』1994.8月号~毎月1回連載

第9回  桃の花が煙る祭りの日に

春の兆し 

 ふるさとに春の訪れを知らせるのは桃の花。私が生まれ育った山梨県の春日居村は、笛吹川沿いの村です。この村は、昭和30年代から稲作を果樹栽培へと転換して桃の生産を始めました。村に桃の花が咲き始めるのは4月始め、桜が終りに近づく頃でした。この時期になると村全体が一面にあざやかなピンク色に煙り、笛吹川の土手から見渡すその景色は、まさに桃源郷の趣でした。春雨まじりの日、雨に濡れた桃の木は黒灰色に変わり、よりいっそう鮮やかさを増した花の色は、畑のところどころに植えられた菜の花の黄色でさらに強められて、夢のような春景色を目に焼き付けるのです。

黒沢明とS.スピルバーグによる映画「夢」の第2話「桃畑」のシーンは、私にそんなふるさとの春景色を思い出させます。この映画の中では、男の子の下駄が石畳を駆ける音と、不思議な少女の履く「ぽっくり」の鈴の音。加えて、桃畑で演奏される雅楽が日本の春の音色を表現します。雛飾りの5人囃子がこの映画では雅楽の楽器で表現されています。もっとも、実際に雛飾りをよくみてみますと、能の楽器と謡(横笛・太鼓・大鼓・小鼓・地謡(じうたい))の5人編成になっているのが一般的です。

 

風船・巻笛 

 毎年4月の4日から5日まで、春日居村(現在の山梨県笛吹市)にある山梨岡神社では春祭りが執り行われます。この神社の建物は室町時代の建立で国の重要文化財にも指定され、ここで舞われる太々(だいたい)神楽(かぐら)は県指定の文化財になっています。宮中の舞楽や御神楽(みかぐら)の舞とは異なり、演目は天の岩戸伝説ですが、ゆったりとしたテンポで延々と繰り返される笛と太鼓の音楽と舞が、土手に這うように咲き沿うボケの花の穏やかな情景と溶け合って、物憂い春の陽射しのなかの人々に安心感を与えてくれます。

 神社の参道には、雛菊の花の小鉢を売る店、金魚掬いやヨーヨー釣りの店などの出店が立ち並び、祭りの風景をひきたてます。おもちゃを売る店もいろいろと開かれ、店頭にはさまざまな音の出るおもちゃを見かけます。まず代表格が羽のついた風船でしょうか(図1)。この風船については本誌10月号で、シンガポールの風船をとりあげましたが、風船の口と息を吹き込むストローとの間に一枚のリードがついていて、膨らんだ風船が急に萎む時、けたたましい音を出します。

 風船の近くには、巻笛もありました(図2)。一端閉管の油紙でできた長い筒をぺちゃんこにしてくるくる巻いて作られたこの笛は、私の記憶ではプラスティックの吹き口から息を吹き込むと音がして、巻かれた筒がシュルシュルと伸びたように思ったのですが、最近買い求めた巻笛の吹き口にはリードがついていません。リードなしの巻き笛からは、紙を空気が通り抜ける音だけが聞えます。笛と名前があるので、やはり昔はリードがついていたのかもしれません。なぜなら、この図の右側の巻き笛のように、吹き口にリードらしい形をしたプラスティックの板がついている笛もあるからです。板は形だけでまったく振動しませんが、以前にはリードがあったことを示しているのでしょうか。

 

メロディー

 大学時代の恩師で民族音楽者の故小泉文夫氏が、祭りの夜店で売られている「メロディー」と名前の付いたおもちゃについてよく話していました(図3)。その名前が、いかにも日本に西洋音楽が入ってきた時のことを連想させると言うのです。プラスチックでできたこのおもちゃは、パンフルートと形が似ていますが、リコーダー式の吹き口に、8本の長さの異なる試験管型の筒を取り付けた簡単な作りです。おもちゃの包装用の袋には「ジャズ笛」という何やら意味の分からない名前が添えられ、吹き口の上部には、左からドレミファソラシドの文字が見えます。

 それまでの日本の発音玩具は、ガラガラや太鼓のように、単音だけを楽しむのが中心でしたから、音階の出るおもちゃは近代化の象徴のような存在であったのでしょう。メロディーという名前のつけ方に、旋律の出るおもちゃ「新登場!」のキャチフレーズを読み取れるように思います。

 兵庫県の香寺にある日本玩具博物館では、館長の井上さんが古い発音玩具をいろいろと収集されています。その中に、昭和30年代頃の古いセルロイド製の「メロディー」があり、とても澄んだ音色をもっているのを聞かせていただきました。でも、この頃夜店で見かけるメロディーは、形は昔の形ですが、高音部に吹いても出ない音があります。本誌3月号で述べたウグイス笛と同じように、形のみが優先され、音のつくりが雑なものが多いのです。新しくつくられた「昔懐かしいおもちゃ」のもつ問題点がここにも現れています。

 

ハーモニカ・かちかち・喇叭 

 長さ5センチほどのハーモニカは、「メロディー」に比べ発音がだいぶしっかりしています。この図4の玩具ハーモニカの音程は、ドレミではなく、アラビア音階のような不思議な音階です。外国の玩具の楽器では、音程もしっかりと作られているのに残念なことですが、日本の場合はどうしても音に厳密さがないようにも思ってしまいます。日本でのハーモニカ生産は、明治24年(1891?)にドイツから輸入されたハーモニカを模倣して、大正3年(1914)に始まりました。昭和40年代までは、日本の小中学校でもずいぶん使われた楽器ですが、現在の義務教育にはほとんど出てきません。ピアノ教育の影響によって、指を使って弾く鍵盤ハーモニカに人気が出て、すっかり消えてしまったようです。ハーモニカの音色(ねいろ)は、雅楽の笙の音色とよく似ています。鍵盤ハーモニカよりも鋭く、さまざまな倍音をもつ音色です。鍵盤ハーモニカが多くなった結果、音色はよりマイルドで柔らかい音色へと変化しました。日本の伝統的な音色の特徴であるさまざまな音の高さの交じり合った音色がやはり失われてきたように思います。

 洋楽器設備がほとんどなかった時代、ハーモニカは西洋音楽への近道でした。手軽に歌に伴奏をつけて吹けるこの楽器が、日本の若者たちの心をとらえたのです。

 また、最近ほとんど見かけなくなりましたが、「かちかち」(図5)もあります。文字どおり、かちかちと音を立てるので、この名前がついたのでしょう。ピエロや昆虫を象って描いたすこし膨らみのあるブリキ板の裏側に、中ほど近くまで、もう1枚の大きな弁のような裏板を取り付けます。裏板と表板の接点がしっかりと付いていますので、裏板を押さえると時に、裏板が屈伸してカチカチと音を立てる仕組みになっています。ピエロの目の部分に動く目玉が入っていて、音を出すたびに、その振動で目がびっくりして動くところがなかなか面白いおもちゃです。

 時代性を反映したブリキ製の発音玩具には、戦時中に流行した喇叭がありました(図6)。吹き口はハーモニカと同じ1枚のフリーリードで、吹いて音を出します。以前には2枚のリードの木製喇叭もありましたが、この頃おもちゃ屋で見かける喇叭は、吹き口の短いプラスチック製の喇叭です。

 

ひばりの卵 

 春の田舎の生活でいつも思い出すのは、姉とよく遊びに行った春日居の笛吹川のことです。河原までは今でも昔ながらの田舎道が残っています。歩きながら見つけた道端のペンペン草の実を、一つずつ引っ張り茎から削いで垂らして耳の近くで茎を回転させると、シャラシャラと音を立てます(写真)。ペンペン草は春の七草の一つ「なずな」のことですが、この草の実の形が、その広がり具合から三味線の撥に似ているのでこんな名前がつけられたのだそうです。土手には一面に、丈が長くなった土筆が春の風に揺れています。

4月のある日、姉と私は河原で石の隙間に3~4個の灰緑色の卵を見つけました。鳥の卵でした。喜んで家に持ち帰り、得意気にその卵を見せた私達に「そんなことをしてはいけません。すぐに返してらっしゃい」と母は強い口調で叱りました。

「これはひばりの卵でしょう。ひばりは、一度人間が手で触れた卵はもう育てはしないの。この卵は見捨てられてしまうのよ」と、私達になんてことをしたのかと残念そうに言いました。母に叱られ、姉と私は再び河原に卵を返しに行ったのですが、どこにあったのかはっきりした場所を忘れていました。でもとにかく返さなくてはと、それらしい場所に置いて帰りました。数日の間、このことばかりが気になり、もう一度二人で卵を見に行ったのですが、置いたと思われた場所には卵はすでにありませんでした。親ひばりがもどって育ててくれたのでしょうか、それとも子どもの記憶ですから置いた位置を見失ってしまったのかもしれません。あれからすでに40年近く過ぎました。この卵のことは、今でも春になると鮮やかに思い出すのです。