茂手木 潔子 MOTEGI Kiyoko
上越教育大学 Joetsu University of Education


おもちゃが奏でる日本の音-平成玩具考-

へるす出版『小児看護』1994.8月号~毎月1回連載
第3回 二枚舌の音色

●清少納言が嫌った二枚舌
 平安時代に活躍した女流作家で才女の誉れ高かった清少納言には嫌いな楽器がありました。この楽器のことを、彼女はあの有名な随筆『枕草子』のなかに書いています。その楽器とは、雅楽に登場する「篳篥(ひちりき)」という楽器(図1)なのですが、『枕草子』には次のように書かれています。

  「篳篥とはいとかしがましく、秋の蟲(むし)をいはば、轡虫(くつわむし)などの心地して、うたてけぢかく聞かまほしからず」(第218段)。

 いまの言葉で言い換えれば、篳篥の音色は秋に鳴く「くつわ虫」の声のようにやかましくて嫌な音で、聞きたくないというのでしょう。
 篳篥は、奈良時代の少し前に、中近東からシルクロードを経て唐の音楽とともに日本に伝わった楽器です。18センチの短い竹管に、不釣合な程長い3センチもある芦のリード(舌:ぜつ)がついていて、雅楽のなかではいちばん目立つ音を出します。  結婚式のときによく演奏される雅楽《越天楽(えてんらく)》を思い出してみてください。あのとき聞こえる豆腐屋さんのラッパみたいによく目立つ音が篳篥の音なのです。日本音楽の楽器のなかでは、清少納言のようにあまり好かれなかったようで、雅楽以外の外の世界に殆ど出ることもなく、現在は人々の殆ど知らない楽器になってしまいました。

●草の笛・貝の笛
 篳篥の吹き口には、水辺の芦の茎の一端を火であぶって押しつぶして、2枚にしたリードが付いています。このリード部分を口にくわえて吹くと、強い目立つ音色が出てきます。この音を聞いていると、ちょうど子どものころに吹いた草笛とも良く似た音色であることに気がつくでしょう。
 道端にはえているカラスノエンドウのへたの部分を切って中から豆を出し、先の部分を爪で少し広げて口にくわえて吹くと、やはり二枚舌の笛ができあがります。芦の葉を根元のほうから螺旋状に巻いて作る芦笛。巻きはじめた部分をつぶして口にくわえて吹きますと、二枚舌の原理と同じになり、音色も似た音色が出てきます。
 面白いのは、文学作品のなかであまり好かれなかったこの二枚舌の音色が、草笛にけっこう多いことです。どう聞いても自己主張の強い音色なのですが、子どもたちにはとても喜ばれているらしいのです。
 昔から、子どものおもちゃとして知られている貝の笛(図2)は、法螺貝のような形をした小さな巻き貝の閉じた部分に笛を取り付けて吹いて遊ぶものですが、この吹き口の奥にもやはり2枚のリードが付いています。
 このごろは、2歳ぐらいまでの幼児のおもちゃで「指あそび笛」(図3)という名の笛があり、この笛にも二枚舌がついています。プラスチック製で鳥の形をしたこの笛は、胴体の部分に回転する羽がついていて、片手で持ちながら指で遊ぶようにできています。そして、しっぽの部分に笛がついていますが、この笛の中にも二枚舌が仕組まれていました。

●馬・牛・鳥の声
 昔の日本には、こんな音色のおもちゃが案外たくさんあったようです。愛知県の龍泉寺で現在も土産の代表になっている「笛馬」(図4)は、赤白の雌雄一対の張り子の馬の頭部に管を取り付けた笛ですが、やはり同類の音色を出します。歌舞伎で使われている擬音笛にも、馬の笛(図5)、牛の笛(図6)、鷺の声を出す笛、烏(からす)の笛(図7)、猫の笛、赤ちゃんの笛と、この音色を出す楽器はいっぱいあります。どの笛も、くせの強い音を出す楽器です。
 たとえば烏の笛。歌舞伎でこの笛を吹くときは、何やら不吉なことが起こりそうな気配の信号として吹かれています。古代にはカラスが神聖な鳥として扱われてきました。ところが江戸時代になると烏は不吉な鳥、縁起の悪い鳥としてその存在が変化してきたのです。鳥の黒い色と特徴のある鳴き声がそのあたりの理由なのでしょうか。
 でも、神聖な鳥とされていたことを連想させる事柄として、歌舞伎で使われる赤ちゃんの泣き声の笛が、烏笛とよく似た音色をもっていることがあげられます。子どもの誕生は、非常に神秘的でもあり、重要なことです。この子どもの泣き声に烏とよく似た音色の楽器を使うなんて、とても面白いですね。
 二枚舌の笛によく似た音色を出すこれらの鳥獣や赤ちゃんの笛ですが、実は、これらの笛のリードは一枚舌なのです。管の内部に一枚のプラスチックリードを取り付け(図8)、吹き込んだ息がこのリードを振動させ、リードの舌にある斜めに切られた管にぶつかって音が出る仕組みになっています。一枚のリードでも二枚舌のような音色を出す玩具や楽器がたくさんあります。
 秋の日本海・・・それは夕日の美しさ。北陸の夕日は海に溶けてゆきます。溶けると形容したいほど、水平線に触れた太陽の光は、金色(こんじき)の絵の具を水面に溶き流したように光の絵画を作り出すのです。そして、太陽の輪郭がほとんど消えかけた頃、あたりの空は焔のように燃え出します。

 カラス カラス カン三郎  みんなの家 焼けたぞ  早よ行って 水かけれ

 越後にはこんなわらべ唄があります。夕焼けをカラスの家の火事にたとえた歌ですが、日本海の夕日があまりにも鮮やかな緋の色だからこんな歌ができたのでしょう。夕焼けとカラスそしてお寺の鐘の音。昔、身近だった日本の音の風景が浮かんできます。


●風船
 今年は大変な猛暑でしたが、米の作柄は好調だったようで、農家の人々は稲の刈取りも終りほっとしていることでしょう。十月も半ばを過ぎると全国各地で収穫祭の季節です。九州の「おくんち」祭。中国の祭の影響もあるこの祭は、二枚舌のチャルメラが活躍します。
 祭りの夜店にはいろいろなおもちゃが並んでいましたっけ。音を出すおもちゃのなかで、私が子どものころの代表格は音の出る風船。このごろでも、デパートの民芸品売り場などで「昔懐かしいおもちゃ」なんていうキャッチフレーズがついて、けっこう目にするおもちゃです。風船の吹き口にビニールストローがついていて、ストリーに息を吹き込むと風船が膨らみます。そして、膨らませ終えたときに、ストローから口を放すと・・・・・・ご承知のとおり、ブーという大きな凄まじい音がするあの風船です。この音色も1枚のリードから出る音色です。このとてつもなく大きな音で、いたずらっ子たちは人を驚かしたり威嚇していましたっけ。
 ベルリンに住む日系三世のアメリカ人の親友に発音玩具についての論文の英訳を手伝ってもらったとき、この風船について書いた部分がありました。彼女はいままでそんな音の出る風船なんか見たことがないというので、私のほうがびっくりしてしまいました。それならばと去年のクリスマスに風船を送ってあげましたが、どうなったことやら。インドやシンガポール、中国のおもちゃのなかにもこの風船笛(図9)はありますから、やはり日本はアジアの一員なのだとつくづく思います。