茂手木 潔子 MOTEGI
Kiyoko
上越教育大学 Joetsu
University of Education
●蛙と蝉は声が親戚?
蛙の声は、赤貝の背中を擦り合わせて出すことが多いのですが(図C)、蝉と同じ発音方法で蛙の鳴き声を出すおもちゃもあります(図D)。蝉よりも形が大きく、竹筒の外径3.5cm、円柱の長さ4cmで紐はプラスチック製で釣り糸のようです。でも蛙の場合は紐を結び付ける棒の部分に松やにがついていません。プラスチックの紐と太めの筒のせいでしょうか、蛙のおもちゃは、田植えの頃に一斉に鳴き騒ぐ蛙のようにゲコゲコと大きな音を出します。このおもちゃには松やにが塗られていないので、紐が棒から外れないように棒の一番上に蛙が口を開けた形が取り付けられ、思わず楽しくなりました。蝉も蛙も、きっとアジアのどこかの国からやって来たのだと思いますが、同じ発音構造なのに、紐の種類を替えて音色を変えるところが、実に日本的な工夫と思います。日本人の楽器の音色へのこだわりは、世界に類を見ないほど繊細なところがありますから。
ボリビアから友人が探してきてくれた同じ形のおもちゃの竹筒は、外径が6cm、円柱の長さが2.7cmと、日本の蝉に比べるとずいぶん大型です(図E)。でもこのおもちゃには蝉や蛙を連想できるような手掛かりがなく、胴体全体の模様は抽象的で、虫の鳴き声を表わそうとしたものかどうかわかりません。でも、このおもちゃを回して出てくる音は日本の蛙よりもっと大声の蛙の声でしたから、もしかしたらボリビアの蛙の声は日本よりもっとやかましいのかもしれません。最近の日本のおもちゃには、木の歯車と金属片とがぶつかりあってギリギリという音を出すおもちゃがあり、ここにも装飾で蝉や蛙の形がついています(図F、G)。
蝉と蛙、異なった生き物の声が、同じ形のおもちゃから出てくるなんて、本当に不思議です。
●国によって異なる蛙の声
インドネシアのバリ島には「ケチャ」というユニークな声の音楽があります。大勢の男性による複雑な合唱ですが、「ケチャ」の名前は歌い方がそう聞こえるのでついた名前だと言われています。アジアに古くから伝わる大叙情詩「ラーマーヤナ物語」の音楽劇がバリ島にも伝承されていますが、ケチャは魔王にさらわれたシータ姫を救おうと猿の大軍団が出陣する時の合唱に取り入れられています。
民族音楽学者の故小泉文夫氏は、生前にこんなことを言っていました。「ケチャはバリ島の人が蛙の鳴き声を聞いて作った音楽なんですよ」と。ケチャは歌い手一人一人がチャという言葉をそれぞれのリズムで発音する不思議な声の音楽です。蛙がこんなにいろいろなリズムを同時に発音できるのかしら?というのが、当時小泉先生の言葉を聞いた時の私の感想でした。
その後、ジャワ音楽研究家の田村史(たむらふみ)さんが、テープでジャワの蛙の声を聞かせてくれたことがありました。その音色はまるでガムラン音楽のようです。このテープから流れてくる蛙の声は、それぞれの蛙が異なったリズムを保って鳴くので、まるでリズムアンサンブルのように聞こえたのです。インドネシア音楽の特徴は、それぞれの楽器が異なるリズムを演奏し、そのさまざまなリズムが集合して複雑な音楽ができ上がりますので、蛙の合唱法とまったく共通していたのです。
日本の蛙の中には、牛に似た鳴き方をする「牛蛙」もいます。この声は、お坊さんが声を引き伸ばして経を唱える声明(しょうみょう)のようです。田んぼの中で鳴く蛙の合唱は読経のようです。蛙の声は土地によって違うのです。「蛙の歌が、聞こえてくるよ、クワッ、クワッ、クワッ、クワッ・・・・・・」こんな単純なリズムの蛙の歌は、インドネシアではけっして生まれてこないでしょう。そういえば、お坊さんの声のことを昔よく「蝉声(せみごえ)」と言いました。蝉と蛙・・・・・・この間に共通の音色があるのは確かなようです。
私たちは生まれた時から、自然の中で生息する生き物たちの声を聞きながら育っています。そして、身近に聞き続けてきた音色は、その土地に住む、その民族の音の好みに反映されてきました。
蝉の声、蛙の声、どちらも日本人が身近に聞き慣れ親しんだ声であり、この声を再現するためにいろいろな音の出る道具を作っているのです。
日本人にとって、蛙や蝉の声は季節の移り変わりを知らせる音の記号なのです。
(本連載の図版資料は、イラストレーター遠藤恵美子さんのご協力を得ています。)