茂手木 潔子 MOTEGI Kiyoko
上越教育大学 Joetsu University of Education


おもちゃが奏でる日本の音-平成玩具考-

へるす出版『小児看護』1994.8月号~毎月1回連載

第12回 海からの贈物

二枚貝の音

 梅雨の間にたんぼのあちらこちらで鳴いていた蛙の声も、真夏がやって来るころにはどこかに居場所を移したようで、あまり耳近く声を聞かなくなりました。本格的な夏の到来は、蛙の声のざわめきが終わるとともに始まるようです。

 真夏までは蛙の声もいろいろと出揃います。雨ガエルの聞き慣れた声。ウーッ、ウーッと牛の声のように引き伸ばした声で聞こえる牛ガエル、秋の虫が鳴いているようなカジカガエル。歌舞伎の擬音にはこのカジカガエルのための笛と、雨ガエルの声を出すための赤貝があります。いつ頃からこの貝が使われたか定かでありませんが、赤貝のぎざぎざした背中を擦り合わせてゲコゲコと鳴らす発想はたいしたものだと思っています(本連載第2回、図C参照)。

 赤貝のように二枚貝を用いた発音玩具には、ほかにも貝の頭部に小さな孔を開けて、その孔を吹き口にして音を出す笛(図1)があります。このような貝の笛は、どこかで買って手に入れるというのではなく、おそらく手作りの笛でしょう。草笛や木の枝から作る笛と同じように、身近な素材を用いて作る玩具の基本的な考え方を示しています。

 近代までの貝を使った玩具の中には、蛤のような二枚貝の中に小さな石をいれ、貝の表面を布で張り合わせて作ったがらがら「(かい)(はり)」もあったと聞きます。石川県の能登半島の輪島で開かれる朝市に、貝張らしいおもちゃを見つけました(写真)。最近でも、キーホルダー用に作られた可愛い布張りの二枚貝を見かけますが、中には何も入っていません。

 また、江戸時代の歌舞伎資料には「馬貝」と呼ばれる玩具について書かれていて、竹馬の竹の下の部分に二枚貝もいくつも結び付け、歩くたびにシャラシャラと音を立てたといいます。江戸時代後期には実際に歌舞伎舞踊で上演された様子も書かれています。

 

巻き貝に聞く波の音  

 周囲を海に囲まれた日本は、海から与えられる自然の恵みによって生活を営んで着ました。南洋の国では魚の名前はすべて「さかな」しかないという極端な冗談も耳にしますが、日本ほど、魚の名前が豊富な国はないと聞いています。おまけに同じ魚でも、成長にしたがって名前が変わる「出世魚」もあるなど、日本人の魚へのこだわりが世界にまれなほど強いのも、海との密接な関わりで育ってきたからなのでしょうか。そんな私達にとって、さまざまな色形の貝は潮騒の響きとともに海の思い出を呼び起こす品となっています。

 子供の頃、海辺で拾った巻き貝を耳に当てて遊びました。すると耳の中で空気が震えるようなゴーッという音が聞こえてきます。その頃は、この響きが海の音と信じていたほどです(図2)

 巻き貝は、明治時代にガラスのおはじきが出回る前には、おはじきにも使われました(図3)。ガラスよりももっと細やかな音です。店によっては、巻き貝に赤や青の色をつけて売っているところもありました。そういえば、ベーゴマも、初めは()()(かい)でできていたから「バイゴマ」「(べー)ゴマ」とよぶようになったとのこと。その後金属製になっても、巻き貝の形はそのまま残っています。

 

海ほおずき

この巻き貝の中から取り出された(らん)(のう)は、「海ほおずき」と呼ばれ、植物の「ほおずき」のように子ども達が口の中に入れて鳴らすおもちゃとして、祭りの時によく夜店に並んでいました。

奈良・平安時代から慶応3年(1867)以前の基本的な文献にある用語を集大成した「古事類苑」には「海ほおずき」の用語がみられませんが、文政13年(1830)に喜多村信節によって著された「嬉遊笑覧」では、他の草のほおずきと共に「海ほおずき」が挙げられていますから、「ほおずき」の音遊びが江戸時代の代表であったことが推測できます。昭和40年代まではよくみかけたこの「海ほおずき」ですが、このところ急に目にしなくなった発音玩具の一つです。

図2のような形の巻き貝「ナガニシ」から取れる海ほおずきは軍配の形に良く似ているので「グンバイホオズキ」、また、「アカニシ」や「テングニシ」と呼ばれる巻き貝から取れるものには長刀に似た「ナギナタホオズキ」、そして「ウミホオズキ」と、いろいろの形の海ほおずきがありました。

海ほおずきのような、ごく普通のおもちゃほど、いつのまにか消えてしまい、いざ資料を探そうとするときには、あまりにも普通でありすぎて絵や写真でその姿を探すことが難しいことに気がつきました。このような身近な音にこそ、日本人が育んで来た音の好みが反映されていると考えられるだけに残念です。

 

巻貝の笛

一方、最近でも海辺近くの土産物店でよくみかけることのできる玩具は、巻き貝に吹き口を取り付けた笛です(図4)。明治24年(1891)初編が発行された玩具の画集『うなゐの友』には、法螺貝のような巻貝を吹き口に取り付けた江戸時代の赤子笛が描かれています。

『うなゐの友』に描かれている赤子の笛の発音構造は不明ですが、歌舞伎の「赤子笛」の構造から考えると、赤ちゃんの声に似た音を出すためには、一枚か二枚のリードが取り付けられているはずです。そして、巻き貝や筒の先端に両手を当てて、開いたり閉じたりして吹くと、「オギャーオギャー」になるのです。

図4の貝の笛の場合、木の吹き口の中に管よりすこし細い筒を入れ、2枚の薄い金属製のリードを取り付けます。息を入れるとそのリードが振動して音を出すのです。

 

 

法螺貝

子ども用の貝の笛には、法螺貝に似た巻貝を使った笛もありますが(本連載第3回、図2参照)、法螺貝をイメージしてのことなのでしょうか?実際のほら貝は大きくて重く、リードがついていませんので、トランペットと同じ吹き方で音を出します。でも音が出るまでなかなか難しい楽器です。子供の貝の笛は、吹けばすぐに音が出ます。・発音玩具の基本的な条件として音が出やすいことは大切なことでしょう。

玩具か、法螺貝を真似たものか、あるいは宗教行事の中で使われたものか今のところ分かりませんが、古道具点で小さな法螺貝を見つけました(図5)このような貝をみると、玩具と楽器との境界の意味を考えさせられます。音を出すという点では、玩具も楽器も、そして現在出回っている「音具」という用語も、すべて楽器でひとくくりできるでしょう。音を出しやすいか、訓練して音を出すかといった分類で玩具と楽器とを区別するならば、この区別はすでに音楽行為の内部の問題で、楽器の中にも発音の難易がありますので、この分類も適切ではないでしょう。日本の楽器の名前でよくあることですが、同じ打楽器なのに、吊り下げる場所が変わると名前が変わったり、何の合図をするかで名前の違う楽器があります。少なくとも楽器の分野に関しては、玩具・音具・楽器の分類をもう一度考え直す必要があるでしょう。

 

貝の作った音律

 貝そのものを吹いたり、打ち合わせて音を出すばかりでなく、海辺では、貝が住み着いて孔を開けた石の笛を見つけることもできるのです。砂岩、火山弾、翡翠、硅石などの石に貝が住み着いたり、あるいは波で岩石の柔らかい部分が削られて、いくつもの孔が開けられた自然石の孔の一つを吹き口に、他の孔を指孔にして音を出すのですが、このような石の笛のことを「石笛」とか「磐笛」と書いて、「イワブエ」と呼んでいます。

 石笛を演奏する鈴木昭男によると、海の石には孔が石を貫通したものが多いそうで、鈴木さん所蔵のこの図の石もその一つです(図6)。鈴木さんのご実家は、もと神社だったそうで、石笛が古くは神社行事の中でも使われてきました。神道では神様を迎えたり送る時に出す音や声に「警蹕(けいひつ)」というものがあります。これは、静かにさせるときの「シーッ」という声をも表しますが、貴い存在を邪悪なものから守るために周囲を戒め威嚇する音といわれています。声を出す場合は、大勢の人が、まず低い音から高い音へと声を段々に上げていって、再び低い音へと下げて歌う声の出し方ですが、石笛もこの「警蹕」役割を果たしていたと聞きます。石笛を吹くと、非常に高音域で強く鋭い響きが出ます。この音色には、ヒトの耳で聞こえる音の範囲「可聴範囲」を越えた振動数の音がたくさん含まれていて、能の横笛にも共通する音色だと指摘する研究者もいます。