おもちゃが奏でる日本古来の音楽
フジサンケイビジネスアイ 音のでる紙面 2004.3.24
 

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“神仏の声を聴く”セラピー効果

 でんでん太鼓、水鳥笛、カラス笛、がらがら。昔懐かしい「おもちゃが奏でる日本の音」の世界をのぞいてみよう。日本の音楽といえば三味線、尺八、琴が定番。だが、古来、日本音楽の主役は実は打楽器ならぬ“駄楽器”だった。さまざまな高さの音色を持つ馬鈴(ばれい)、備長炭が打ち合わさる炭琴(たんきん)の澄んだ響き。メロディーやハーモニーが主役の現代音楽とは全く違う自由で、心に染み入る音楽だ。(上原すみ子)

 日本海沿いの上越、直江津。三月半ばといってもいまだ雪景色が残る。上越教育大学の音楽系教授、茂手木潔子(もてぎきよこ)さん(54)の研究室には、日本古来の音の出る玩具(おもちゃ)や楽器が所狭しと並ぶ。
 一見するとがらくたにも見えるおもちゃの数々。だが、その音色はメロディーこそないが、野山でペンペン草や草笛を作ったころの懐かしい、自然の温かい響きが感じられる。
 馬鈴は江戸時代に一世を風靡(ふうび)した葛飾北斎の東海道五十三次の浮世絵にも出てくる。馬につけて旅の安全を祈り、魔よけ、厄除けに使われたものだ。
 ドーナツ型の馬鈴も高い音源が重なり合う不思議な音色。だが、最近はその音を楽しむことが減った。茂手木さんはお茶道具の敷物に使われているのを発見し、現品を回収したほどだ。
 歌舞伎では、宿場町のにぎわいを表す効果音に使われている。
 魚の形の魚鈴(ぎょれい)も面白い。魚の形はグロテスクだが、中に入った玉がコロコロとやさしい響き。魚は夜も目を開けている。神社に多く見られるのは、修行僧を見張る役割があるためとか。
 でんでん太鼓などおもちゃや音の出る玩具の多くは、魔よけや厄除けを目的としたものが多い。
 「不思議な音色の奥底には子供を守るために神や仏との対話をつなぐ道具だったということがあります」と、茂手木さんは分析する。
 だが、音のでるおもちゃは存亡の危機に瀕している。
 祭囃子(まつりばやし)や獅子舞で使う横笛(篠笛)の音階が最近変化しているからだ。
 横笛の音階は、ピアノのドレミファとは微妙に違う。そこで、70年代から民俗芸能や伝統芸能の世界でさえ、ドレミに合わせる楽器の開発が進められている。ドレミの音階が正しく出る音楽−つまり西洋の音楽によって、日本古来の音色は居場所をなくしつつあるというのだ。
 「古来の楽器を復活させるにはどうしたらいいか。」
 茂手木さんは最近、学芸大学附属養護学校教諭の根岸由香さんと共同で、日本の音を音楽療法(セラピー)の分野に生かせないか模索している。近年、ストレス社会の中で、手軽にできる癒しミュージックや音楽療法が注目されているからだ。
 応援団もでてきた。音楽之友社で音楽療法の雑誌編集を担当する芹澤一美さん(45)は、こう話した。
 「大事なのは音楽を押し付けないこと。日本人のDNA(遺伝子)には単体の音色が組み込まれているので、音楽療法として効果が出るのではないでしょうか」


音楽療法
 近年、ストレス社会の特効薬
にと、癒し系ミュージックや音楽セラピーが脚光を浴びている。東邦音楽大学や名古屋芸術大学などにも音楽療法の学科が新設されたほか、専門学校も相次いで設立されている。
 日本音楽療法学会が97年から認定する音楽療法士は、今春に合計で900人に達する見通し。超覚派の議員連盟で国家資格に格上げしようという動きもあり、職業としての認知度も高まっている。
 昨年は、相次いで職業の観点や音楽の観点からの意識を高めようと相次いで雑誌も創刊された。
 あおぞら音楽者が「音楽療法のしごと場」を、音楽之友社もピアノ月刊誌の別冊に出していた雑誌を昨夏にリニューアルした「theミュージックセラピー」を創刊し、一般の関心も高まっている。
「おもちゃや音の出る玩具は(馬鈴=中央、炭琴=上)自然の音を擬似的に実現したものも多い」